第8回 夜中まで図面描きに没頭してた私がなぜ再び学生を志したのか?


前回のブログでは私が柔道整復師を目指したきっかけをお話しいたしました。

今回は私が自費移行を決意するにあたり、語らずにはいられない専門学校に入学するまでの経緯についてお話します。

さて私が体の不調をきっかけに整骨院への通院を始めて、少しずつ体の状態が改善したことをきっかけにこう感じました。

・人間の体の構造を勉強したらひょっとしたら腰痛や腕のシビレの原因も分かるのではないか、と・・・。

今思えば単純ですが、勉強すれば自分の体が良くなるのではないか、体の仕組みを知るための勉強をしたいと一度でも思ってしまったら夜も眠れなくなりました。

まさに熱にうなされるように勉強したいという気持ちが大きくなり、自分で調べているうちにそういう学校が近隣の宇多津町にあることを知りました。

当時の自分が、仕事もある程度の立場もあり、何より妻や2人の娘という家族を養っていて、こんなときに一から勉強をし直すなんてそれがどれほどのんきでばかげていることも分かっているつもりでした。

しかし自分自身の体と今後の健康を考えたときに、体が良くなるためのその構造の秘密を解明せざるを得なかったのです。

それからは家族と会社の説得が始まりました。

当初は妻には泣かれました。

「今の仕事を頑張ればええやん。今から受験や進学を控えた娘が2人もおるのに、なんでお父さんまで学生になるん?収入は?将来は?どうなるん?」

このように責め立てられました。

当然ですよね。

娘たちにも納得してもらえず、

「何言ってんの?」という態度で無視されました。

さらに当時勤めていた会社の社長には

「ちょっといきなり何言ってんの。田口が今どういう立場でどれだけの仕事を担当しているか分かってるやろ?」

と取り合ってもらえませんでした。

しかし家族や社長にどれだけ説得されようが泣かれようが、私の意思は変わりませんでした。

なぜなら、一度心に灯った小さくとも強い火は、日を追うごとに体中に広がってまさに熱にうなされたように真理を知りたいという気持ちが抑えられなくなっていったかったからです。

勉強を諦めようとすればするほど、腰の痛みが、腕のシビレや痛みが

「このままでいいのか」

と僕に語りかけてくるのです。

今日も明日も明後日も、1年後も5年後も10年後も、

「ずっと痛みを抱えたまま夜中の12時まで奴隷労働続けるのか」

と考えたら、自分の人生はこんなはずじゃないという気持ちが1日中頭をよぎるのです。

こうして何度も話し合いを重ね、とうとう当時の社長はこう言ってくれました。

「よく分かった。お前が一度言い出したら引かないのもわかっている。会社とお前が担当してきた仕事はこっちで何とかするから、もしやってみて、それでどうしてもダメだったらまた帰ってきて図面描けばええやん。その席は残しておくから。」

この言葉は今でも自分にとって一番大切な言葉で今後も一生忘れられません。

そしてその時の感謝は今でも忘れておりません。

妻や娘たちも諦めなのか、私の意志の強さに負けたのか、ありがたいことに最後は応援してくれるようになりました。

家族、仕事、取引先、いろんな方に相当迷惑かける覚悟でしたが、こうして学びの道へと進むことになったのです。

 

次回は専門学校に入学してからのお話です。

 

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