第9回 たくさんの人に支えられて乗り越えた学生時代

前回のブログでは私が柔道整復師になるために専門学校に入学するまでの経緯をお話ししました。

今回は専門学校に入学してからのお話です。

40歳を目前に自分自身の体の痛みをきっかけにして学びの道へ進み、柔道整復師を目指すことになり、香川県の宇多津町というところにある四国医療専門学校への入学を決めました。

この専門学校は自宅から車で15分の距離にありましたので、その地理的な条件は恵まれていたと思います。

入学の数ヶ月前にあったオープンキャンパスへ参加し、AO入試を受験して柔道整復学科に無事に合格しました。

入試の前から何度も、当時勤めていた会社の社長や妻とは話し合いを持ち、仕事を続けながら夜間のコースに通うということになっていました。

完全な学生になってしまうと生活が成り立ちませんので、昼間は今まで通りに機械設計事務所で仕事をして、夕方からは学校へと移動して夜間コースの授業を受けるという生活を始めることになったのです。

会社から学校までは車で40分ほど。

授業は18時からで、もちろん遅刻は許されませんから、念のため遅くとも会社を16時45分には出るようにしました。

そのため今までは残業で調整していた業務量を圧縮して最大効率でこなしていかないといけません。

会社と学校の間に位置する自宅に寄って、5分で準備をしてすぐに家を出て授業開始の15分前には学校に着いているという状態でした。

授業が終わるのが22時でしたから、家に着くのは22時30分ころで、平日は毎日この生活が続きました。

しかも夜間のコースだから社会人の学生が多かったとはいえ、全くの異業種から飛び込んだ世界ですので

周りの同級生に受け入れてもらえるのだろうか

授業についていけるのだろうか

と不安だらけのスタートでした。

 

毎日の授業は座学だけではなく、包帯固定などの実技の授業も多く、柔道整復師ですからもちろん「柔道」の授業も必須です。

そしてその実技の授業では必ずパートナーが必要になります。

最初の頃は、私に柔道の経験は全くなく、パートナーに迷惑をかけるのでは無いかと思っていました。

「こいつ何もできんな」と思われるのではないか・・・。

しかし授業や練習を重ねるごとに、まだ高校を卒業したての10代の学生や、20代の学生とも打ち解けるようになり、社会人として受け入れてくれて練習に付き合ってもらえるようになりました。

一方で、仕事は決しておろそかにできないので今まで以上に業務をこなし、学校での勉強も成績を落とさずにキープするという両方頑張らないといけないので、実際にかなりプレッシャーはありました。

しかし全ては自分が言い出したことです。

それゆえ絶対に根を上げることはできない、とにかく最短で卒業して最短で国家資格を取る、というそれだけを考えて学校生活と仕事の両立を続けるしかありませんでした。

会社の社長にもサポートしていただき、妻には家のことを任せっきり。

家のことで言えば、もともと休日は家族で食事に出かけるようなこともありました。

ある日、食事に出かけたときに娘に言われました。

「お父さんってずっとネクタイ締めて仕事していたのに、なんで今は学生みたいなことやってんの?」

これが「何やってんの?仕事してないの?」みたいに聞こえてショックでした。

さらに妻には、受験を控えた難しい娘たちのこと、妻自身の仕事のこと、家事などの負担が重なり泣かれたことは一度や二度ではありません。

そういった意味では家族にも本当に迷惑をかけた学生生活でしたので、今でも感謝の気持ちを忘れておりません。

そして、時には休みの日を使って仲間と1日中実技の練習をしたり、1日に10時間のテスト勉強をしたりと同級生や学校の先生方には本当に助けられた3年間だったと思います。

「真理を知りたい」と思って学びの道へ進んだ私にとって、毎日が新しい学びの連続でした。

結果、同級生の仲間や先生方、会社や家族の協力もあって3年間の夜学を無事に終えることができ、晴れて柔道整復師の国家資格を取得することができたのです。

その頃、昼間の仕事で傷めていた腰や首の状態が以前に比べてよくなっていました。

というのも、解剖学や運動学などを勉強し、学校の先生方に治療に関して教えていただいたこともあり腰痛の原因が少しずつ解消したことが影響したのだと思います。

病院へ行っても良くならず、整骨院へ通っても完全にはよくならなかった腰痛が改善したことで、ある思いが生まれました。

それは

「実際に資格を取った後は自分と同じような腰痛を持つ人のお役に立てるのではないか。」

その思いが日増しに大きくなり、「開業」を意識するようになりました。

具体的に開業を意識しだしたことで資格取得後は、実際に整骨院で下働きなどの手伝いをしながらの修行生活が始まったのです。

実際の整骨院での業務は、学生時代に実習で少しだけ経験したもののやはり学生という立場での実習と実際の業務とは大違いでした。

この修行先の整骨院では、保険治療がメインでしたが一部に自費での施術も行なっており、保険と自費の両方を勉強させていただきました。

専門学校に通って柔道整復師の資格を取ると決めた頃は、機械設計事務所でパソコンに向かって1日中仕事をしていましたから、ほとんど人と会うこともありません。

もちろん客先の担当者とメールや電話で打ち合わせをしたり、年に何回かは直接会って話をしたりしていましたが、ほとんどの時間を会社のデスクで過ごすということを約20年間続けてきたわけです。

そのような生活を続けてきた私にとって多くの患者さんと接し、お話を聞いたり実際にお身体を触って施術を行うというのは、それまでの生活と全く真逆のことをしないといけないという点ではとても大変で、また刺激的な毎日でした。

そして様々な年代の方々と接するということもそれまでの生活には無かったものでしたし、昔の未熟な私の施術を受けてくださった患者さんには感謝しかありません。

修行中はまさに一から出直す形で仕事をしておりましたから、それまでのキャリアも実績も全く関係ありません。

柔道整復師一年生として私を雇い入れてくれて、また一から仕事を教えてくださった師匠には今でも感謝しております。

この整骨院での修行期間を経て、とうとう私が保険治療がメインの整骨院を立ち上げたのが2014年の6月1日。

保険治療メインが当たり前だと思って開業一年目を突き進んで行きました。

こうしてたくさんの人たちに支えられて、自分の体の痛みがきっかけで開業までこぎつけましたが、これから立ちはだかる困難や大きな疑問に悩まされることになったのです。

次回は「こんなはずじゃなかった」自費専門の整骨院を目指したきっかけについてお話しします。

 

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